U.Kaye Presents いつか、New Orleans

パソコンを買い換えました。今まではノートだったのですが、デスクトップに。でもって、自分のパソコンから見やすいようにスキン改造。 皆さんのPCからは、見心地悪くなったりしてませんでしょうか? そうでしたら、ご遠慮なくお申し付けください。
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by UKaye

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semスキン用のアイコン01 カテゴリ:Movie( 8 )  semスキン用のアイコン02

semスキン用のアイコン01 ドリームガールズ  semスキン用のアイコン02

2007年 02月 19日

ドリームガールズを見ました。ミュージカルファンとして、そしてミュージカルを知る前からダイアナ・ロス&スプリームス好きだった者として。でも、恥ずかしながら、こんなブロードウェイミュージカルが1981年に上演されていたとは、知りませんでした。
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ストーリーはというと、まあアリがちなラインなんだけど、いいじゃない、ハリウッドなんだから。

ソウルフルな歌声を武器に、3人組女性ボーカルユニット、Dreametsのリードだったエフィー。しかし、広く大衆に受けることを狙い、歌は特別深みがないけど、輝かしい美貌でコーラスでも観客を惹きつけていたディーナ(Beyonce)をリードに据えることで、デビューを果たす。面白くないエフィは・・・

なんて感じで、エフィは身勝手に振舞った結果、グループをクビになるわけ。この作品を昔見たなら、タダ単にありがちなストーリーとして流しただけだったでしょう。ただ、多少なりとも社会人の経験を積むと、エフィの気持ちも、わからないではなくなる。サラリーマンの仕事にしても、自分にはこんな実力があるのに、とプライドを持ちながら、サポート業務に徹しなければいけない、なんていう経験が思い当たって。ただ、市場あるいは雇い主のニーズに合わない実力なんて、持ってて無駄とは言わないまでも、自分が思うようには周りは認めてくれないというのが現実。確かに、実力あるエフィーのコーラスは、まだまだユニットに貴重な存在ではあった。でも、ワガママな振舞いでチームが乱れるようでは、やむを得ないわけで。そして、実力はあれば越したことはないんだけど、実力のない人を替わりに入れても、なんとかなってしまう、なんてことも。周囲にあんまり認められない実力を蓄積してきたサラリーマンには、オーバーラップする話じゃないかな。実際には、雇い主と喧嘩するなんて勇気がなかなか沸かないだけに、仮想空間でこういうものを見せてくれると、思いっきり共感することで。そして、安直なハッピーエンドではなく、今後仕事の道は何とか開けるかな、まあ努力と運次第でしょうね、ってな感じで想像に任される終わり方のお陰で、一見ありがちなストーリーでも安っぽい印象にはならなかった。

何も知らないで見たけど、ドリームガールズのもう一人のメンバー、ローレル役は、なんと、Anika Noni Rose。ブロードウェイの今後を期待される新鋭。2004年、"Caroline or Change"で、Carolineの娘を演じてトニー賞最優秀助演女優賞獲得の。でも、残り2人の影に隠れて、そんなに存在感示せない。映画観た皆さん、Anikaはこんなものじゃないんですよ、とってもスゴイ女優さんなんですよ!やはり、彼女の居場所は映画ではない。ブロードウェイに帰っておいで!!

歌は文句なく、パワフル。デトロイト行って音楽漬けの日々を送りたくなってしまった。でも今、デトロイトに行ってこんな活気はあるかな?

その昔、ニューヨークにはJackson 5やSupremesのレコード・レーベル、モータウンによるモータウン・カフェがあったけど、あっけなく潰れちゃったようで。一度訪れたかったなぁ。

(2.22追記)
ディーナとドリームガールズ産みの親、カーティスは、夫婦になるけど、仕事上の方向性の違いから対立し、やがて夫婦も離婚。この人たち、仕事とプライベート別にできないのか?愛し合って夫婦になったわけではなく、仕事に絡んだ何らかの利害の一致で結婚しただけなのか?という疑問が最初に沸いたけど、とてつもなく大きい仕事に、とてつもなく没頭している2人なら、仕事での共感が愛情に変化するのは自然で、その共感の種がなくなったんだから、離婚も当然か・・・と考え直しました。
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by UKaye | 2007-02-19 23:52 | Movie | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 時をかける少女@テアトル池袋  semスキン用のアイコン02

2006年 08月 27日

今月末で閉館になってしまう、テアトル池袋。最近気づいたのですが、それは寂しいものです。そこで観に行こうとなって作品がコレ。レイトショーのみだったけど、昼間の「森のリトルギャング」と比べて、懐かしさも手伝ってこちらを選びました。

昔、西武のリブロとかイルムス館とかあるあの辺り、その昔、アフター5&週末のメインの活動エリアだったもので。あの街も、変わってないようで、ちょっとずつ変わり続けていますね。セゾン美術館がなくなってからはもう久しいか。そして、最近よく話題になるラーメン屋のひとつ、「光麺」、どこにあるのかと思いきや、そこって昔、これまた行列のできる店だった、「上海ヌードル」だった場所じゃない。あの店が形態を変えて光麺になったのか、それともまったく別の経営か。

a0037729_11464449.jpgさて、23年ぶりのリメイクとなったこの作品、リメイクといっても、全く別物です。時をけかること、主人公が少女で脇を固めるのが男友達2人ってコンセプトは、やはり「時をかける少女」だ、と思わせます。オマケに、作品の鍵となるシーンのひとつに、急な坂道を自転車で駆け下りたところに踏み切り、っていうのがあるのですが、あの坂道と商店街、原田知世版の舞台尾道を想像させますね。実際走ってる電車見ると、東京の私鉄って感じですけど。

で、コレ、超アタリです。アニメだからこそできる表現って、いっぱいありますね。まず、冒頭で主人公紺野真琴が、ブレーキの壊れた自転車で坂道を駆け下りて、踏み切りで止まりきれなくてアッ・・・となるシーン。アニメだと、生生しさは排除できて、だからといってハラハラドキドキ、緊張感が弱まるのかといったら、その逆。たとえば、必至にブレーキをかけようとする手元の描写とか、そういうところって、実写で書くと味気ないけど、アニメでは自由に味付けできてこうした効果を最大限駆使して、伝えるべきものをしっかり伝えています。それで、この命の危険が迫った瞬間、時間移動(タイムリープ)によって、ちょっと前の時間、踏み切りのちょっと手前の坂道に戻って自転車ごと転倒することで、助かるわけですが、そのドテン、と転ぶシーンも、衝撃が誇張できて作品が引き締まりますね。ここでおぼえてクセになったタイムリープを、その後何度も使うようになるのですが、ある出来事に対し何度でもやり直しをすると、必然的に同じシーンが何度も登場することになる。これは個人的な好みかも知れないけど、さすがに5回も6回も実写で同じシーン出されると、うんざりしそうなんだけど、アニメだと許せる。さらに繰り返しが続くと、今度は早送りの描写になって、これも滑稽さがナイス。原作の活字じゃ、絶対に真似できない表現ですよね。こういうのがあると、本だけじゃなくて、映画観てよかった、っていう気分になります。

タイムリープで同じ場面を何度も繰り返す象徴的なシーンが、遊び仲間千昭から告白されて、それを取り消すために過去に戻って行動を変えるんだけど、いろいろ試してもやっぱり告白されまくって、ついに最後逃げ切るんだけど、、、というシーン。その後、相手の気持ちを本気で受け止めず、はぐらかす目的でタイムリープを多用したことに自己嫌悪に陥る真琴。ここは切なかったなー。青春っていいなー。タイムリープという素材を上手く生かしながらね。

最後まで観て、心にズシンと響きました。原作のキーワード、キーアイテムだけ残して、表現方も実写からアニメへと、これだけまったく別の素晴らしい作品を作れるなんて。もしかして、これでミュージカルも作れるかな?もちろん、今回のお話は、アニメだからこそ輝いたのであって、舞台用はまた、それが生きるようなストーリー考えてね。
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by UKaye | 2006-08-27 12:05 | Movie | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 RENT (the movie in Japan)  semスキン用のアイコン02

2006年 06月 03日

a0037729_22572822.jpg遅ればせながら、渋谷文化村で観てまいりました。
RENTはブロードウェイの舞台で2回、来日公演1回、この映画をロスで1回見てたわけですが、やはり、フルで日本語の字幕つきで見られるのは貴重。是非是非観なければとずっと思っていました。

で、RENTの売りとして、人から聴いてはいたんだけで自分ではイマイチ実感していなかったことが、ここでハッキリと。ニューヨーク下町のボヘミアンたちのパワー、生き様の描写。これに尽きますね。歌ってることの意味が一つ一つわかったとき、その気持ちを表現している役者の力もよく分かった。感動は役者に依存しますね。来日公演観てRENTってこんなものか、とガッカリした友達に、これ見せて、本当はこんなに素晴らしい作品なんだと教えてあげたい。

映画だからこそ感じた迫力。ひとつ、イーストビレッジの団地の住民が一斉に、窓から路上の家主ベニーに向かって火を放つとシーン。もひとつ、"La Vie Bohem"でみんなが踊り狂うシーン。舞台だと、安そうなセットで踊ってることしか伝わらなかったけど、(たとえセットであっても)本物の店内で踊り狂ってる、器物破損とか大丈夫かな、と心配させるドキドキ感。いいですよ、このRENTは映画が存在する価値充分にあり。舞台があれば充分なんて話にはならない。

ちなみに、ミュージカル嫌いの人が言う、「突然歌いだす不自然さ」、私は全然気にしません。シカゴとか、それの克服に努めた作品もあったけど。映画って、映像と言う媒体を自由に駆使して作れば、それでいいんです。だって、動きのついた絵画、絵画の連続体が映画の映像でしょ?ゴッホやピカソの絵画が不自然なのと同じで、映画も然りなんです。それよりも、歌によって感情、パワーが伝わる、それが大事。

映画のTVCMで残念だったのは、おすぎかピーコか知らないけど、内容を説明しないまま「ウエストサイド物語以来の感動」なんてあっさりと言ったこと。実際、最大級の賛辞なんだけど、どの作品にも使いまわしそうな安易な表現って感じがして。まあ、一般人に分かりやすく伝えようとすると、結局こういうことになってしまうのは仕方がないのかな。ストーリー話しても、「映画や舞台にするほど大げさな話かな?」ていうのが素直な感想でしょうからね。

さて、感動すべきポイントがわかったところで、次のニューヨークでは久しぶりにNederlanderへ行くとしますか。
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by UKaye | 2006-06-03 23:16 | Movie | Comments(6)

semスキン用のアイコン01 ホテル・ルワンダ  semスキン用のアイコン02

2006年 02月 13日

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これの感想を書くって、自分が思慮浅かったり、器が小さかったりするのがバレバレに見透かされることなんだなぁ、と思いますが、あえて。
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映画の出来としてどうこうというより、この歴史事実が只ただ痛々しい。

国連平和維持軍(PKF)は、自衛以外で武器は使えず、仲裁にも入れない。すなわち、ルワンダ人同士の虐殺が起きても、ただ見守るだけ。挙句の果て、治安の悪化が進むと撤退してしまって、何のためにいるのかわからない。米軍がイラクに介入してるのは、イラクに民主主義を敷くためじゃなくて、石油の利権のためなんだろうね。ルワンダ支配してもメリットないと、こんなことになってしまうのか。。。だからといって、自分がこれを非難できるのか?じゃあ、自分が行ってできるかといったら、とんでもない。戦争参加どころか、民間ボランティアだってイヤだ。さらには、自衛隊の派遣も反対。自衛隊が軍隊かどうか、武力行使有無の話じゃなくて、日本人が戦争に巻き込まれるのが感情としてイヤだ。だから、この映画、というよりこの史実、どう批評したらいいんだろう。。。

争うこと自体、断じてよろしくないが、争うにしても、フツ族にとって、本当に憎むべき相手はツチ族なのか?自分達を植民地支配し続けてきた、ドイツ&ベルギーなんじゃないか?でもそういう、敵の本陣まで距離が遠すぎたり、武力のスケールが違いすぎてとても敵わない相手は敵とみなさず、手っ取り早くやっつけられそうなところに怒りのやり場を見つけて、スッキリしようっていう人間の思考のメカニズムが働いてるだろうね。身近な争いごとのなかで、自分にも心当たりがあるだけに、やりきれない。
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by UKaye | 2006-02-13 01:00 | Movie | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 Producers (the movie)  semスキン用のアイコン02

2005年 12月 30日

クリスマスに公開になったこの映画、もうガラガラでした。アメリカの映画館って、こんなものなのかな?よく商売成り立ってるって、いつも不思議。

映画ならではの演出は、申し訳程度で、基本的には舞台と同じですね。舞台作品を10ドルで見られるようになるんだから、特別映画なりの演出してくれなくても、まあOKなんだけどね。あ、♪The King Of Broadwayがカットされてたのは残念(曲名合ってる?)

映画オリジナルで一番凝ってたと思われるのは、♪I Wanna Be A Producerのところ。プロデューサーになる夢の表現として、まず自分の仕事用のノートに落書きする形で、自分の名前を掲げた劇場の絵を書くところから始まります。こりゃ、カメラでアップしないと出来ないところで、映画を活かしてますね。1コーラス目はLeoが会計事務所という現実の中で歌っていますが、例のダンサーたちとの競演は、2コーラス目から始まります。CGを上手に使った演出で、事務所の引き出しを階段状にあけて、劇場の壇にしてしまうところはお見事でした。

Shubert劇場に張られたポスターには、初演のWestside Storyとジュリー・アンドリュースのMy Fair Ladyが。時代設定が、その頃なんですね。

映画、舞台云々じゃないけど、結局"Psisoners of Love"がヒットして名プロデューサー復活って、資金はやっぱり一度騙したお婆ちゃんたちから集めてるんだろうね。懲りずに出したもんだ、普通に考えたらまた騙されるんだろうに。なんか、裁判のときにMaxを恨んでないなんて言ってたのが伏線になってるんでしょうね。この作品、詐欺被害に遭ったことある人が見たらものすごく不快な思いする気がする。
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by UKaye | 2005-12-30 22:34 | Movie | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 The Family Stone  semスキン用のアイコン02

2005年 12月 24日

急遽観てまいりました。急遽っていうのは、ホントはロングビーチの水族館に行こうとしてたんだけど、起きたら昼で、行くのにメトロレールとバス乗り継いで2時間はかかりそうだし、閉まっちゃうの6時だから、諦めて、目的地を北に切り替えてと。

一部の方々で話題の作品であるのと、ハリウッド最大の観光名所、Grauman's Chinese Theatreのメイン劇場で上映中というのが重なって、やっぱり観てみよう、という気持ちになりました。

ここが、Grauman's Chinese Theatre
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話題作品のプレミア公開の会場としておなじみで、世界で最高に注目を集める映画館なのですが、普通の上映日は、フツーのアメリカの映画館のように閑散としていました。

タイ・ジョルダーノ、予告編などには名前載ってないけど、作品のキーとなる重要な役どころじゃないですか。公式HPでの"about the movie"で言われる'an unconventional New England Family'のunconventionalの一要素をしっかりを担っている。

でまあ、作品自体は、「家族で過ごすクリスマス」なんて神聖なものを装いながら、神様の前でやっちゃいけないことやっちゃってる、おちゃらけムービーでした。ちなみに恥ずかしながら、Sarah Jessica Parkerって、これ観て初めて顔と名前が一致しました。

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<Groumanまで来たオマケ>
(右)マリリン・モンローの手形と自分の影で記念撮影

(下)かろうじて読めるかな、ハリウッドサイン。ハリウッド・ハイランドの渡り廊下から撮影。こういうとき、望遠ズームが光学でしっかり効いたデジカメがあれば、と悔やむ。
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by UKaye | 2005-12-24 13:22 | Movie | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 "Les Choristes" @ シネ・リーブル ~池袋な週末③  semスキン用のアイコン02

2005年 05月 19日

a0037729_22361137.jpg日本のオフィシャルサイトはこちら
NYCにて早々とご覧になったsnowさんの記事はこちら

久しぶりに見ごたえのある映画でした。フランス映画なのに、いつものように「結局、何が言いたいんだよ、おいっ」なんて消化不良な気分で終わることはまったくなかった。素人にも分かりやすいフランス映画、アメリに次ぐ2本目です。

フランス映画なのに、一番最初のシーンは、なんとニューヨーク。なにやら、世界的音楽家らしい人物ピエール・モランジュが現れて、フランスへ帰郷してかつての同僚ペピノと50年ぶりの再開を果たす。そして2人が過ごした学校「池の底」での思い出を語る。何故かペピノが持っていた、当時の教師クレメン・マチューの日記を読んでいくことにより。このピエール、映画のタイトルからして歌手になってるのかと思いきや、パンフレットによると、指揮者らしい。ま、細かいことはいいか。そんなマチューが、落ちぶれてここに赴任する前に精力的に取り組んでたらしいコーラスを生徒たちに指導し、その中に「奇跡の声」をもつ逸材-彼こそピエール-を発見する。これを軸に、周辺のさまざまな出来事を描いていく。

教師クレメン・マチューは、人生がどんどん下降線をたどっていき、問題児の学校「池の底」へ赴任する。どの程度問題児かというと、彼らは学校の教職員にいたずらをするのですが、それで追った怪我というのが、死を頭によぎらせるほど。この職につくことは、彼にとってどん底を意味すると言っていた。戦後の荒廃した時代、なかなかいい仕事にありつけなかっただろうし、それ以外にもいろいろマチューの人生に失敗があったっぽいことが推測される。でもその割には、結構な信念をもって、校長の体罰主義に反対したり、なかなか熱血教師じゃないか、最初から志して来たっていいじゃん、と思わせる。冒頭で大人のピエールに思い出話を語るペピノは、校門でマチューの前に現れる。土曜日に迎えに来るお父さんを待っていると、平日から。しかし同僚の職員の話によると、両親は戦争で亡くなっているらしい。。。

一番重要な生徒、ピエールは、シングル・マザーの息子。もともと「奇跡の声」を持っていたこともあるけど、母親がマチューに魅力的なことも手伝って、マチューはピエールの音楽学校行きを母親に積極的に促す。母親はマチューに感謝こそすれ、恋愛対象となると別の人。ま、男にとって世の中そのくらい厳しいものですわな。
母親は、学校に面会に来た後、これから仕事があるといって後にする。いけないことだけど、シングルマザーという先入観から、売春でも行くのかと想像させられるし、実際ピエールは転校生モンダンから、そう冷やかされる。でも、ピエールが学校を抜け出して母親の働く姿を覗くシーンでは、賃金安そうだけどウェイターで一生懸命働く様子が描かれていて、ホッとする。母親の恋人は、ピエールの音楽学校行きを反対したところ、母親は恋人よりも息子を選び、恋人とは別れる。良かった、ちゃんと良識で行動してくれて。
母親は、「美人」として取り上げられている。でも、ハリウッド映画で見るような美人とは全然タイプが違う。苦労してるんだろうな、ていうオーラを発している、生活観の溢れる「美人」。私は好感持てました。

校長は、悪役なんだけど、時代劇のように記号化された典型的な悪役ではなく、もっと現実的。まず悪さの例は、①先に揚げたいたずらによって死ぬかもしれない怪我をした用務員マクサンスに対し、医者は高いと言って校内の治療に留めたり、 ②教師にナイフを向けることもいとわない凶悪な転校生モンダンに対し、無実の罪で暴行を与え特殊学校送りにしてしまい、あとで彼の仕業でないとわかっても「そのくらい悪い奴であることには変わりない」と開き直った態度を示したり、 ③コーラス指導には反対しておいて、あとで評判になって伯爵夫人の目にとまると、これは自分のアイデアです、とアピールしたり(伯爵が上司にあたるのかな?)。
で、こんな校長を表現するのに必要か、と疑問になるような、微笑ましい描写もある。たとえば、校庭で頭にサッカーボールをぶつけられる。まずは「誰だ」、と怒る。でも、マチューに「流れ弾です」と諭されると、気を取り直して、「俺も混ぜろ」と言わんばかりにサッカーの仲間に入り込んで無邪気に遊んだり。このシーン観たときは、その後善人に変わってゆくのかな、なんて思いきや、そんなことはなく、最後も、上司に呼ばれた会議に出て、学校運営の報告として上司に対し臭いことには蓋をし、都合のいいことばかりをアピールしようという人間として描かれている(部下の学校職員たちの台詞からだけでしか表現されていないかも。でも、それを否定するような校長の行動はない)。
現実にいるイヤなヤツって、悪い部分だけじゃなくて、まあ社会の中で生きてる人間である以上イイ部分もあるにはあって、そういうリアリティが伝わってくるだけに、味わい深い作品になったんでしょうね。感激した、というよりは、現実社会の切なさを感じて嫌な気分にはなったけど、人間が成長するためには、こういう気持ちを味わって、乗り越えていかなければいけないんだろうな。30過ぎてこんなことに初めて気づいてるようじゃ、発育遅れてるかもしれないけど。

この作品、時代は終戦直後に設定されてるけど、現代に置き換えても充分通用しそうです。ナイフで刺す少年が普通にいる時代だし、校長は現代の嫌な上司像としてピッタリ。

もひとつ、フランスって、結果的に戦勝国になったけど、ドイツに占領されたりして苦痛の時代をかなり過ごしてますよね。戦争は、勝っても負けても、一般の民衆には全然いいことありませんね。
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by UKaye | 2005-05-19 08:55 | Movie | Comments(6)

semスキン用のアイコン01 ビヨンドtheシー@シネスイッチ銀座  semスキン用のアイコン02

2005年 03月 30日

a0037729_22305750.jpg何かと馴染みのあるこの映画館。初めて訪れたのは高校生のとき、あの第三舞台の鴻上尚史が、初めて映画の監督にチャレンジした作品「ジュリエット・ゲーム(主演:国生さゆり&村上弘明)」でのこと。当時、オールナイトニッポンのパーソナリティやっててね。「究極の選択」って知ってる?「食べるならどっち、カレー味のウンコとウンコ味のカレー」ってヤツ。個人的にバカ受けだった。green_doriさんがライフログで推してる「蝶の舌」もここで観たっけ。そう、4月からはsnowさん絶賛の「コーラス」もここで始まる。

さて、この作品は、映画タイトルにもなっている曲を始め、ポップス、スタンダード・ジャズからカントリーまで時代とともにスタイルを変えて第一線でありつづけた(途中没落期はあるが)シンガー、ボビー・ダーリンの生涯を、自身のヒット曲に乗せてつづったミュージカル映画。先の「五線譜のラブレター」は、いろんな登場人物(ときには歌のためだけに歌手が)によって歌われる方法をとりましたが、こちらは、全曲ボビー役のケビン・スペイシーが歌い通し。これはこれでよかったかな。歌の部分だけ本人吹き替えって手でも文句ないけどね。タイトル曲の"Beyond the Sea"、映画の絵と一緒に鑑賞して、とても素晴らしいラブ・ソングなんだと実感しました。この曲、初めて知ったのは、ミュージカル"Contact"で使用されたところから。奏者はボビーじゃなくて、Royal Crwon Revue。スタンダードナンバーだからいろんなアーティストによって歌われてるけど、ボビー版、ケビン版と聴き比べて、Contact版が一番気に入りではあった。それと、ファインディング・ニモでも使われてたね、また別のアーティストで。

ボビー・ダーリンの妻は、サンドラ・ディ。これまたミュージカル"Grease"で、ヒロインSandyをおちょくる女友達によって♪Look at me, I'm Sandra Dee~ なんて歌われている、あのサンドラ・ディとこんなところで巡り合うとは。"Grease"を最初に見たときは、Sandyの本名がSandra Deeなのかと思ってたら、実在のスターの名前だったのね。

この手の伝記ものミュージカル、舞台だとチープな雰囲気が蔓延しちゃいそうですが、映画だとキマリますね。これといい「五線譜のラブレター」といい。"The Boy from Oz"も、映画だと相当いい作品に仕上がるんじゃないかな。ヒューが主演すればハリウッドの大作になって、日本でも全国ロードショーものでしょ。
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by UKaye | 2005-03-30 23:10 | Movie | Comments(7)